木漏れ陽の中に
のんびり木陰で読書ができればそれだけで幸せです
さよなら
「おーい、伊東、顧客別請求一覧のプログラムは単体テスト完了したか?」
俺は返事せず、テスト仕様書を持って課長の席へと向かった。
どうせ、また追加プログラムを俺に当てるのだろうと思い、テスト仕様の詳細を説明しながら今週末までかかると課長に報告をした。
「まあ、お前が言うのだから仕方ないな、これ来週でいいからプログラム仕様書を起こしておいてくれ」
やはり追加プログラムを、来週のスケジュールへ俺のタスクとして、ぶち込みやがった。
俺のキャパからすれば、まだまだいけるのだが、今週末はどうしても沖縄に行かなければならなかった。
俺は久美子と、那覇で会う約束をしていた。
久美子は同じ部署にいたが、去年の7月に、俺に何も話さず退職願を提出し会社を辞めてしまった。
そして、実家のある沖縄に帰った。
久美子とはもう半年も会っていない。
去年の夏、二人で行った茅ヶ崎での夜が最後だった。
久美子からバレンタインデーに、どうしても会いたいと電話があった。
俺は仕事が忙しくて休みが取れない事を告げた。
けれども、一度でいいから私の願いを聞いて沖縄に来てと、とても大事な話しがあるからと懇願された。
俺はしかたなしに了承した。

金曜の夜、会社からそのまま、品川駅のコインロッカーへ向かった。
朝、出勤する前に、バックを預けていた。
そのバックを抱え、山手線とモノレールを乗り継ぎ、羽田空港へ向かった。
週末の東京−沖縄間の最終便はいつも空いていた。
機内最後尾のシートがいつもの場所だった。
俺は空港内の売店で買っておいたビールを取り出し、このシートで久美子と二人でダイビングの話しをしたことを思い出しながら、ビールをあおった。

那覇空港について、タクシーの運転手にホテルへ向かうように告げた。
俺はホテルのフロントから既に久美子が部屋で待っていること聞き、部屋へと向かった。
ドアをノックすると、すぐにドアが開き、久美子が抱きついてキスをした。
俺は持っていたバックを部屋の中央へ投げ、久美子を抱きかかえベットまでキスをしたまま倒れこんだ。
久美子のセーターの裾とブラを押し上げ、乳房を揉んだところで、手に湿り気と乳房がとても硬く張っていることに気がついた。
俺は久美子の体が、俺の知っている体ではないことを知り、そのまま体を起こし、ポケットからタバコとライタを取り出しタバコをくわえ火をつけた。

「私、先月、男の子を産んだの」
俺は、何も言わず、ただタバコをふかしていた。
誰の子であるかは、久美子が言わなくてもわかる。
俺の子だ。
「あなたが結婚してくれない事はわかってる、あなたの子供が欲しかった、それが私の幸せだったの」
俺は何も言わずに、部屋を出て、いつも行っていたカフェバーへ向かった。
深夜にホテルの部屋に戻ったときは、久美子の姿はなかった。
俺はバーボンのボトルを一人で空けたため、したたか酔っていた。
そして、次の日の昼過ぎにフロントからの電話があるまでベットで熟睡していた。
久美子の母親からの電話であった。
深夜に久美子が睡眠導入剤を大量に飲み、今朝、冷たくなった久美子を母親が見つけたと。

俺は、横たわる久美子と生まれたばかりの赤ん坊の遺影の前で跪き、涙を堪え、母親からの話しを聞いていた。
「久美子はあなたの事を何一つ私には話しませんでした、子供の父親があなただと知ったのは、私宛の遺書に、あなたの宿泊先のホテルとあなたの名前があったことでわかりました」
久美子の母親は、久美子からあなたへの遺書だと言って、封筒を俺の前に差し出した。

あなたが気にする事は、なにもありません。
私が死ぬ事を決めたのは、あなたと結婚できないからではありません。
私の大切な赤ちゃんが、私の不注意で死んでしまったからです。
死ぬ前に、一度だけあなたに会いたかった。
さよなら、大好きな、あなた、私は天国であなたの赤ちゃんと幸せに暮らします。
さよなら、あなた
さよなら

昨夜は、久美子が残した、最初で最後のチャンスだった。
堪えていた涙が、とめどなく流れて、便箋をぬらし、久美子が、最後に残してくれた文字を、滲ませてしまった。

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